魚油は「脂肪」じゃなかった — 体内で変身する抗炎症メカニズム

魚油は油だ。見た目も脂だ。ところが体内に入ると、ただの脂肪としては終わらない。主成分であるEPAとDHAが酵素の働きで別の物質へ変換され、その変換産物こそが炎症を能動的に鎮めている——というのが、この記事で追いかける話の核心である。

鍵になるのは、特殊化プロレゾルビングメディエーター(Specialized Pro-resolving Mediators、略してSPMs) と呼ばれる一群の分子だ。

SPMsとは何者か

EPAとDHAは、体内でレゾルビン・プロテクチン・マレシンといったSPMsに変換される。ここで押さえておきたいのは、SPMsが「炎症を抑える物質」ではなく「炎症を終わらせる物質」だという点だ。

従来、炎症の消退は、炎症のもとが自然に消えていく受動的な過程と考えられてきた。SPMsの概念は、これを能動的に駆動される生合成過程として捉え直した。

炎症現場に材料(EPA・DHA)があるだけでは足りない。そこから作られるSPMsが「終われ」という指令を出す司令塔として働く。

この分野が新奇な思いつきではないことは、研究の蓄積量からもうかがえる。2020年8月時点で、PubMedにはレゾルビン関連の論文が1170報以上報告されている。そしてSPMsの生合成が障害されると炎症が制御不能になり、それが疾患の病因となりうることも分かってきている。つまりSPMsをきちんと作れるかどうかは、慢性炎症のリスクに直結する。

材料の供給源は、サバやイワシなどの青魚が代表格だ。亜麻仁油やエゴマ油に含まれるα-リノレン酸も体内で一部EPA・DHAに変換されるが、変換効率の面では魚由来を直接摂るほうが有利とされる。

炎症を「終わらせる」だけでなく「修復する」

SPMsの働きは炎症の収束にとどまらない。組織の修復を促す「プロリペア分子」としても機能する——ここがこのテーマで最も意外な点だ。

具体例として、EPA由来のレゾルビンE1(RvE1)は、腸上皮細胞でCREB・mTOR・Src-FAKといったシグナル経路を活性化し、細胞の増殖と遊走を促して創傷治癒を高めることが報告されている。細胞に「増えろ、動け」と指令を出して傷をふさぐ方向に働く、と言い換えられる。

さらに重症再生不良性貧血のマウスモデルでは、RvE1治療によってエフェロサイトーシス(死んだ細胞を貪食して片づける働き)機能・骨髄細胞数・血小板出力・生存率が改善したという報告もある。炎症を止め、組織を直し、後片づけまで促す——一つの分子系が複数の役割を担っている。

ヒトでの効果も統計的に確認されている。n-3多価不飽和脂肪酸の補充により、主要な炎症マーカーが有意に減少したというメタ解析がある。

  • CRP:効果量 −0.40 で有意に減少
  • TNFα:効果量 −0.23 で有意に減少
  • IL-6:効果量 −0.22 で有意に減少

TNFαとIL-6は炎症を増幅させる主要なサイトカインなので、その抑制には相応の意味がある。

EPAとDHAの黄金比と摂り方

効果を引き出すには、EPAとDHAの「比率」と「量」の両方が効いてくる。

比率 — EPA優位が抗炎症の鍵

研究では、EPA:DHA比が1.0未満(DHAよりEPAの割合が高い) サプリメントが、TNF-αやIL-6といった炎症性サイトカインの減少に最も効果的だったとされる。一方、比が1.0以上のものは、血中のEPA比を上げたりアラキドン酸を下げたりする効果が高かった。慢性炎症を抑えたいならEPA優位、という整理になる。

量 — 推奨量では足りない

炎症マーカーを一貫して減らすには、1日あたり1〜3gのEPA+DHA摂取が関連しているというデータがある。ところが国際的な推奨量はこれよりずっと控えめだ。

  • FAO:成人男性・非妊娠非授乳女性に 250mg/日
  • WHO:成人に 200〜500mg/日
  • 日本人の平均摂取量:約 500mg 程度

推奨の最低ラインは満たすものの、抗炎症を狙う1〜3gには遠く届かない。目的が抗炎症なら、平均的な食生活では明確に不足している、というのが実践上の結論になる。

食事での工夫

  • 青魚を週2〜3回食べる
  • 亜麻仁油やエゴマ油をサラダにかける
  • EPAは加熱に弱いので、刺身や缶詰など加熱の少ない形で摂る

サプリを併用する場合は、EPA:DHA比が1.0未満で1日1g以上摂れる製品が一つの目安になる。

まとめ — 今日からの選び方

魚油の真価は、体内でSPMsというメッセンジャーに変身し、炎症を能動的に終わらせ、組織修復まで促すところにある。サプリを選ぶときのチェックポイントはこうだ。

  • EPA:DHA比がおおむね1:1(抗炎症狙いならEPA優位)
  • 1日1〜3g摂取できる
  • 酸化対策にトコフェロール配合・遮光容器
  • 開封後は冷蔵保存

そして何より、まずは晩ごはんにサバの塩焼きを一品


参考文献

Specialized pro-resolving mediator network: an update
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32885825/

Potential Clinical Applications of Pro-Resolving Lipid Mediators
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10421104/

Resolvin E1 is a pro-repair molecule that promotes intestinal repair
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32300016/

Resolvin E1 improves efferocytosis and rescues severe aplastic anemia
https://www.nature.com/articles/s41419-024-06705-7

Efficacy of the omega-3 fatty acids supplementation on inflammation
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35914448/

Role of the EPA:DHA dosing ratio in omega-3 supplements
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41568426/